東京高等裁判所 昭和27年(う)2472号 判決 1952年9月30日
控訴人 被告人 中村茂一
弁護人 沢荘一
検察官 野中光治関与
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数四十日を本刑に算入する。
当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
弁護人沢荘一、及び、被告人本人の各控訴趣意は、いずれも、末尾に添附した各別紙記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
弁護人の論旨第二点について。
(その二)
本件記録中に、起訴前にした勾留に関し、刑事訴訟法第六十一条による被告人の陳述録取調書が編綴してないことは、所論のとおりであるが、しかし、捜査官の請求によつて起訴前にした勾留等に関する書類は、すべて捜査官に送付し、事件が起訴されたら、刑事訴訟規則第百六十七条第一項によつて勾留状は裁判官に差し出すことになつているけれども、勾留の前提である刑事訴訟法第六十条による被告人の陳述録取調書は検察官の手許に留めおく取扱になつているのであるから、右陳述録取調書が記録に綴つてないのは通常であつて、これが記録にないことの一事をもつて、その勾留が被告人の陳述を聴かずにされた違法なものであると断ずることはできないばかりでなく、むしろ、記録に編綴されている勾留状がその要件を具備している以上、反証のない限り、その発布手続も適法に履践されたものと認めるのが相当であるといわなければならない。而して、本件記録に綴られている被告人に対する勾留状は、その要件を具備していることが明らかであつて、且つ、何ら反対の証拠も記録上存しないのであるから右勾留は、刑事訴訟法第六十一条による手続を履践した上、適法にされたものと認むべく、従つて、原判決にはこの点についても亦、判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反があるものということはできない。故に、所論はこれを採用することはできない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 大塚今比古 判事 山田要治 判事 中野次雄)
弁護人沢荘一の控訴趣意
第二点原判決は判決に影響を及ぼすこと明らかな訴訟手続の法令違反を犯している。
(其の二)本件記録を精査するに被告人の勾留に関する裁判官の陳述録取調書がない。従つて被告人の勾留について刑事訴訟法第六十一条による適法な手続が行われたか否か明かでない。同条は調書を作成すべきことを要求していないけれども、同条の手続を履践したことを明かにするために通常陳述録取調書が作成され、裁判記録に添付される慣例となつている。
然るに本記録に之が添付されていないのは、本件被告人の勾留が被告人の陳述を聴かずしてなされたるにあらずやとの疑問を抱かせる。然りとすれば、法第六十一条が被告人に勾留に関する防禦をなさしめる趣旨であることを考えるとき、被告人の陳述を聴かざることは被告人のこの防禦権を不当に剥奪した違法を犯すものである。この間になされた被告人の供述(捜査官に対するもの、公判廷におけるものいずれを問わず)に影響を及ぼすこと明かであり、又第三者たる被害者和田テル子の捜査機関に対する供述調書の効力も亦瑕疵あるを免れないと言わねばならない。従つて之に対し刑事訴訟法第三百二十六条の同意あるも同条に所謂証拠としての相当性を欠くものとして証拠能力はないというべきである。
右の点につき反対判例(東京高裁昭和二五、五、六判決高集三巻二号一八〇頁)があるけれども、採らざる所である。
(その他の控訴趣意は省略する。)